新時代令和を生きるために、まず現状から飛び出せ。

千葉県柏市の国道16号沿いに
「めん王」
というラーメン屋さんがある。

公式サイト:http://www.menoh.com/

経営会社は(有)メンオーサービスシステムズ。

吉田幸生社長の本によると
昭和53年に父親が独立起業し、
1989年8月に急逝されたのを機に
2代目として跡を引き継ぐ。

24歳で経営のケの字も知らない若造が
好きでもないラーメン屋経営を余儀なくされたのは
借金3億円があったから。

残された吉田家(母と姉と妹)を救えるのは
一人息子の俺しかいない。
毎月200万円の返済が待っている。
もうやるしかいない!!

当時の吉田社長は
短期で頑固でワンマンな父を好きではなかった。
だからなのかラーメン屋をやる気はなかった。
好きなテニスで生きたかった。

その練習の努力の甲斐があったのか
毎日テニス選手権予選で優勝できた。

それを父に報告した時、

「お前がここまでやるとは驚いた」
「お父さんもうれしいよ」

テニスをやりたくて実家を飛び出した息子を
はじめて認めてくれたようで幸せだった。
信じてテニスをやってきてよかった。

「お前は学校の成績がダメ」
「中高と続けてきたサッカーでも中途半端」
「今更テニスを始めてどうなるもんか」
「プロの選手は子供の時からずっと練習の毎日だ」
「そんな奴にお前なんか勝てっこない」
「やるなら独立して商売だ」
「お前は会社員は向いてない。おれの店で働け」

とさんざん父に言われてきた。
息子を信じてやれない父に腹が立った。

「チキショー、俺をみとけよ」

そんな父がくも膜下出血で倒れ
植物状態になり、
8月29日に亡くなってしまう。
本選大会に向けて
張り切って練習している最中だった。

もうテニスはあきらめるしかなかった。
日本ランク103位まで行ったのに…

私は本を読むうちに
父の魂の叫びが聞こえてきそうで
これを伝えたくて伝えたくて
この衝動を抑制できない。
以下。

幸生よ、
おれの息子はお前一人しかいなかった。
おれの身勝手を押し付けてすまん事をした。
許してくれ。

おれにはおれの夢があって
お前にはお前の人生があるもんな。

おれが残した借金3億円は大変だろう。
だがな、男だったら何とでもやってみせろ。
テニスで結果を出したお前じゃないか。
まさかこんなことぐらいで負けるお前ではないな?
おれの一人息子だからな。

とにかく1番を目指せ。
男ならでっかく生きろ。

店名に込めた“王”というのはそんな願いだ。

田舎の鹿児島から大都会東京へと
おれは日本一を夢見て上京した。
トラックの運転手として
全国を回るたびに

「日本人はラーメンが好きだぞ」
「独立するならラーメン屋がいい」

そんな気を強くして独立開業をした。
ラーメンで日本一になるんだと。

パートナーの根本君とは
店舗展開で意見の違いから離れてしまったが、
おれは自分の店が日本全国に知れ渡り、
ラーメン業界の王、吉田になりたかった。
その道半ばでおれはこの世を去った。

なあ、幸生よ、
お前は30年経営してきて店舗が1つ。
変わってねぇじゃねえか。
そんなんじゃねぇだろ、お前の実力は?
おれの息子だろがっ。

49歳で開業して
死ぬ60歳までおれは頑張った。
お前は今いくつだ?
(吉田社長は昭和39年生まれ)
こんなところでまだ終われねぇだろ。

男なら死ぬまで1番を目指せ!!

まずは千葉で1番、それから…

私が「めん王」のダメなところを挙げる。
厳しいけど言います。
(お父さんの声が言え言えとうるさいので)

1、メニューが多い
2、店がものすごく広い
3、吉田社長のラーメン愛が薄い

めん王はラーメンをメインとした
大衆中華料理という位置づけ。
だからメニューが多くなる。

麺類だけでも
味噌、醤油、塩、あんかけ、つけ麺
とオールラインナップ。

それに定食を入れると
ラーメン屋ではなく中華料理屋さん。

「めん王とは言えば○○」

商売にはこの○○が大事なのに
めん王には○○がない。

味噌ラーメンが人気らしいが、
であるならばなぜ醤油や塩ラーメンを出すの?
味噌ラーメンだけでいいのに。

メニューが多いのは
店舗すぐ近くにある「お好み焼本舗」も同じ。
鉄板焼き料理オールラインナップ。

たこ焼き、焼きそば、
もんじゃ焼き、とんぺい焼き、
ステーキ、ハンバーグ、冷麺、
おにぎり、唐揚げなど。

もうお好み焼き屋専門ではなくなっている。
コンセプトがはっきりせず中途半端。
いずれダメになるかもしれませんね。

お好み焼本舗 | 食べ放題 鉄板焼 お好み焼
お好み焼の食べ放題「お好み焼本舗」。こだわりのお好み焼やステーキなどの鉄板焼き。ランチ・宴会・お子様メニューもご用意しております。

逆にそこに隣接している「幸楽苑」はイイ。
メイン料理がラーメンですっきりしている。
作って提供する方法が簡便化されて
お客さんを待たさせずに済んでいるはずです。
食材廃棄も少ないことでしょう。

本社が地方の福島県で
2019年9月25日時点で519店舗まで拡大。
『一点突破』でここまで来れるイイ証拠です。
見習うべきところが多いですね。

話によると
ステーキ店を始めたようです。
私なら今更ステーキなんてやらない。
ラーメン1本で世界展開を目指すが…
まあそれはさておき。

幸楽苑公式サイト
株式会社幸楽苑の公式ウェブサイトです。らーめんを主としたメニューや店舗、求人情報を掲載しています。

めん王 若柴店は大きな店舗です。

カウンター:10席
テーブル:70席
計80席

グーグルマップで店内を見たら
ラーメン屋にしては広すぎで、
家族連れでも大丈夫な
中華料理店になってしまうのは
仕方ないことだと思う。

もし私がここで飲食店をするなら
「焼肉屋」がいいのではないかと感じた。

焼肉屋は客単価が高い。
しかもお客さん自身が焼いてくれるので
人件費が抑えられる。
焼肉ならカップルや家族連れで来てくれて
客数を確保しやすい。

デメリットは設備投資が必要になります。
無煙ロースター、ダクト、フードなど。
それに外装費用もかかります。

ですが何と言われても
「めん王」という社名とは違うので
この案は論外でしょう。
(あなたはどう思いますか?)

吉田社長はテニスが好きだった。
それを父親が急逝して
吉田家には借金3億円が残った。
この借金を何とかできるのは
一人息子である自分しかいない。
だからラーメン屋が嫌でも
仕方なくするしかなかった事情がある。

京都ラーメンの魁力屋をご存知でしょうか?

京都北白川元祖背脂醤油のラーメン魁力屋
京都北白川元祖背脂醤油ラーメン、魁力屋の公式ホームページです。店舗情報やメニュー、正社員・アルバイト求人情報などご覧いただけます。

藤田宗(つかさ)社長の本を読むと
ラーメンが好きで好きでたまらないのが伝わる。
ラーメン愛にあふれている。
吉田社長にはそれがありますか?
(是非一読を)

私はめん王が飛翔するための
キーワードをいくつか挙げてみる。

・売却
・業種変更
・宅配
・食品卸業
・製麺所
・焼肉屋

私の正直な意見は
飲食事業を売却してしまえです。

お父さんが命がけで築いた店舗ですが、
自分の本当にやりたいことではないなら
もういっそ売却してしまって、
自身のやりたかったことを追求してもいい。
なぜなら父は父、息子は息子だから。

ビジネスをするなら難しい飲食業ではなく
インターネットを使ったビジネスがいい。
テニスの教材を販売するとか
テニスコーチをするとか。

もし父の願いを汲むならば
宅配サービスを開始するといい。

中華料理の宅配を新たに始め、
手ごたえがあれば本格化させる。
(ラーメンの宅配は不可とする)

グーグルマップを見ると
店舗周辺のエリアには
住宅やマンションが立ち並んでいるので
ニーズの潜在性は高いと思います。

わざわざ外に出かけて食べるよりも
大切な時間を家の中で楽しく過ごしたい。
(これをコクーニングと言う)
そんな日本人がどんどん増えている。
その証拠にウーバーイーツの活躍がある。

今の時代は宅配・デリバリーが最適ですね。

もしこれはイケると判断できたら
店舗の客席半分を調理スペースに改造するか、
製麺所前の駐車場に調理工場を新設するか。

「中華料理の宅配で千葉県一を目指す」

食品卸業というのは
販売店の多寡が大きく関わることで
フランチャイズ化が必要不可欠です。

現在の製麺所のような
小さな店舗でもラーメン店が開業できる
テンプレートモデルを作る必要がある。
駐車場の一角でも開店できるような。

でもこれは大手の飲食会社しかやれない実験だと思う。
メンオーはやってはいけない。

焼肉屋も上記したように
大がかりな改装が必要なので
それをするくらいなら売却を勧めたい。

まとめると
売却するか宅配業にシフトするか。

私が1番知りたいのは
吉田社長は本当に飲食店経営が好きなのですか?

令和が始まった今年2019年。

自分に嘘をついて楽しくないことを続けても
絶対に成功者になれない。
それが令和という時代です。

納税額1番の斎藤一人さんの本にもある。

成功するための3つ秘訣

・簡単
・楽しく
・もっと、もっと

自分にとって
難しいことはやらない。
楽しくないことはやらない。
追求したくないことはやらない。

めん王が30年かかっても
何の進化成長もないというのは、
吉田幸生社長にとって
間違った道ではないのかな?

本人でしか本人の本当の気持ちは分からない。
それに蓋がしてあれば本人でも気づけない。
どうすれば本音が分かるのだろう?

喜劇王チャップリンが言った。
「私の最高傑作は次回作だ」と。

吉田社長の人生を最高傑作にするために
次の策を練る必要がある。

会社という殻を飛び出して。

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